『 やくそく ― (1) ― 』
愛している って言ったわよね
君だけ って誓ったわよね
約束 したわ
なのに どうして
そのヒトは だれ。 その指輪は なに。
― アナタは 誰なの・・!?
「 かあさん ! ねえ ねえ これを見て! 」
― バタン ・・・! 大きな音でドアがしまると娘が飛び込んできた。
頬を染め 息をはずませている。
「 ・・・ ドアは静かに閉めてなさい。 ああ お帰り・・・ 」
母親はしかめっ面をして娘を見たが すぐにもっと眉間に深い皺をよせた。
「 おまえ・・・ また そんなに息を切らして ・・・
走っちゃいけないって言っただろう? それでなくても心臓が弱いのに ・・・ 」
「 だ~いじょうぶよ! 私、踊りで鍛えているもの。
母さんったら 母さんの娘がこの村一番の踊り手だってこと、忘れたの? 」
「 忘れてなんかいませんよ。 けどね、ほら こんなにほっぺが熱いよ・・・
また村の連中と踊ってきたのじゃないのかい? 」
「 うふふふ 平気よ 平気。 今年の収穫祭の舞姫も この私なのよ♪
ねえねえ それよりも 見て! こ・れ! ロイスにもらったの。 」
娘は一層頬を紅潮させ 母親の目の前に左手を差し出した。
「 ロイス? ・・・ ああ 村外れの小屋に居る若者だね。
・・・他所者 ( よそもの ) じゃないか。 」
「 あらあ~ どこから来たって、今はこの村に住んでいるんですもの・・・
この村に若者よ。 ねえ ほら 見て、かあさん。 」
「 ・・?? 」
ぴん、と伸ばした指に金色の輝きが あった。
「 ・・・ これって ・・・ あんた これ ・・? あの風来坊が? 」
母親は娘の手を引き寄せ その輝きをしげしげと見つめる。
― 紋章入りの立派な指輪だ。 ただ、娘には少々大きいようだ。
「 こんな こんな大層なものを・・!
あの風来坊の若いのが お前に買ってくれたっていうのかい!? 」
「 あら ・・・ 買ってくれたのじゃないわ。
新しいのを買うお金がないから 家にあった旧いのでごめん。 って。
でもいいの。 これ ・・・ キレイですもの♪ この模様もすてき! 」
「 模様って・・・ これはね 紋章だよ。 ・・・どこかで見た覚えがあるんだけど・・・ 」
「 新品じゃなくてもいいの。 だって・・・ 約束、してくれたから。 」
「 ― え。 約束・・・って お前 ・・? 」
「 うふふ あの ね ・・・ あら? あの口笛は ~~~ !! 」
娘は耳を清ませていたが 母の手から腕を引き抜くとぱっとドアに跳んでいった。
「 ・・・ ロイス!! いま 行くわ! 」
― バン!! またしても 大きな音をたててドアが閉まった。
「 あ ・・・ もう~~ ・・・ 」
母親は盛大に顔を顰めたが 、窓から外を眺めすぐに ひどく心配な表情になった。
「 あんな立派な指輪をくれるなんて ・・・ どういうつもりなんだ・・・アイツは
・・・ ああ あんなに走って ・・・ 気をつけておくれ ・・・
お前にもしものことがあったら ・・・ 母さんは生きちゃいられないよ ジゼル。 」
いらぬ注 : ↑ は 『 ジゼル 』 の第一幕に至るまでの話です。
貴族のアルブレヒトは平民に身を窶しロイスと名乗って
村にしばしばやってきていました。
そして そこで村一番の踊り手である ジゼル と出会いました。
二人はたちまち恋に落ち アルブレヒトは身分を偽ったまま・・・
誓いの指輪を 彼女に差し出したのです。
同じ貴族の姫と婚約してる彼にはジゼルとの付き合いは
ただの戯れの恋 だったのです。
勿論 ジゼルはそんなことは知りません。
つい数分前まで聞こえていたピアノの音はふっつりと消えた。
ほんのわずかの静寂の後 ―
「 お疲れ~~~ 」
「 うわあ・・・・ もうダメかも~~~ お腹空いて! 」
「 あはは なに それ~~ 」
「 きゃ~~ 早くシャワー~~ しようよ! 」
おしゃべりの声が わ・・・っと聞こえてきた。
タタタタ ・・・ トトト ・・・!
それと共に軽やかな足音がして ― ほっそりした少女たちがスタジオから飛び出してきた。
ここは パリにあるバレエ・スクール
明日のバレリーナを夢見る少女たちがそのしなやかな身体を踊らせている。
― いや < 夢 > ではない。
彼女らにとって それはもうすぐ手の届くところまでやってきている。
バレエ・スクールの最終学年 ・・・ つまり卒業と同時にプロフェッショナルとして
踊ってゆく ・・・ いや、 ゆきたい、と願っている少女たちなのだ。
十代も後半の彼女らは今 レッスンが終わり わらわらと廊下に出てきたところだ。
「 マリ~~ 帰りにルイの店によらない? 」
「 ん~~ ちょっとまってェ ・・・ 」
「 ねえねえ ・・・セールっていつからだっけ? アタシ、 ポアントの買置きがないのね~ 」
「 え~~ まだだよ、来週だっけ? ニケ、知ってる? 」
「 なに? セール? レペットは来週からよ。 」
「 うわ~~~ ・・・ 困る~~ 」
「 だから冬に買っておけば ・・・ あれ ファンションは? 」
「 ?? ・・・ あれ? まだ自習してるみたい。 」
「 自習? 」
― カツン ・・・!
水色のレオタードが 誰もいなくなったスタジオでまだ踊っていた。
薄暗い空間、一人のダンサーが いや 妖精が宙に舞う。
「 ファンショ - ン! まだ帰らないのォ~~ ? 」
「 ・・・ あ ・・・ ニケ。 ごめん ・・・ 先 行ってて・・・ 」
「 いいけど ・・・ なに、自習? 」
「 ウン。 ・・・ 今度の発表会 ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ あ そうだね 」
「 ごめんね ニケ。 」
「 ― ねえ ファン、 一人? 」
「 え? ・・・ ええ 今のところ、わたしだけみたい。 」
「 じゃ ― アタシにも使わせて。 」
「 ― ニケ。 」
「 アタシだって・・・ 負けないよ、ファン。 」
「 うん。 待ってるわ。 」
水色のレオタードは 汗まみれの顔で微笑んだ。
帰り支度をしていた少女は に・・っと笑い返し更衣室に引き返していった。
「 ・・・ ふんふん~~♪ わたしだって 負けないわ。 」
彼女は再び稽古場のセンターに出た。
「 え・・・っと。 下手から走ってくるでしょ ・・・ それで 」
「 うぉ ~~~ い! ここ 使ってもいいかなあ~~ 」
スタジオの入り口から今度は同じ年頃の少年がひょっこり、顔をのぞかせた。
「 あら ・・・ ミシェル。 ボーイズ・クラスは終ったの? 」
「 あ~~ ・・・ や~~っとな~~ ムッシュ・クレスパンはさ~~
くどいんだよ~~ も~ ラスト、セゴン・ターンだけでも何回やったと思う? 」
「 ふふふ・・・ いいじゃない、彼のテクをしっかり盗めば。 」
「 あ は ・・・ ま~な~ ・・・ で、ファン、 ここ 使ってもいっか? 」
「 ええ どうぞ。 あ ・・・ あと ニケ も来るけど・・・ 」
「 あ~ 俺の方が後だからな~ 文句は言わね。
さ~~て ・・・と、 いっちょ やったるか~~~ 」
少年は ぶら下げていたバッグをどさ・・・っと床に置き、ついでに彼自身も座り込んだ。
「 ひえ~~~っと ・・・ タオル タオル~~ もう一枚あったはず ・・・ 」
カツ ・・・! シュ ・・・
バッグを探っている少年を尻目に、水色のレオタードが踊りはじめた。
「 え~と ・・・ ん ・・?? あ ・・・ 」
少年の動作が止まった。
彼は タオルを握ったまま踊る少女をじっと目で追っている。
やがて 彼はぱっと立ち上がると、 稽古場の真ん中に歩み寄る。
「 ・・・ ファン。 」
「 ・・・あ? え?? な なに?? 」
ポーズをとっていた少女は驚いて脚を降ろした。
「 相手、 やる。 ファンは 『 ジゼル 』 だろ? 卒業コンサート・・・ 」
「 え ええ ・・・ でも ミッシェルは 『 ライモンダ 』 でしょう? 」
「 ん ・・・ だけども! サポートの練習にゃ 最高だもんな~
いや ・・・失礼、 お相手お願いできますか マドモアゼル・ジゼル? 」
「 ふふふふ ・・・ ええ 喜んで。 ムッシュ・アルブレヒト。
わたし 二幕のパ・ド・ドウ よ? 」
「 わ~~かってるって。 じゃ ・・・最初から やる? 」
「 d'accord ♪ 」
「 音 ナシだけど。 カウントでゆくぞ~~ 」
「 了解~~ じゃ お願い。 」
「 よし。 ・・・ いいか? 1 ・・ 2 ・・ 3 ・・ 」
「 ・・・・! 」
いらぬ注 : 『 ジゼル 』 二幕のパ・ド・ドゥ とは
深夜の墓場にやってきたアルブレヒトと 死後ウィリーとなった
ジゼルの踊り。
稽古場の下手から 水色のレオタードが軽くステップを踏んできて ― ふわ ・・・・
少年は彼女をきれいに頭上にリフトした。
「 へ~~~ ファン 軽いな~~ 」
「 え? なに・・・」
「 軽いなって言ったんだよ。 このまま 続けるぜ~ 」
「 はい お願い・・・ 」
音楽はなくても 二人の耳にはちゃんとメロディーが聞こえている。
二人は ― 練習生から ダンサーに そして ウィリ と 王子 になってゆく。
二人の世界が ぱあ~~っと広がる。
・・・ あ ッ!
王子のサポートで手がすべり ウィリーの上体がずれる。
「 ・・・ お っと ごめん ・・・ 」
「 うん あ ・・・っと~~ 」
バランスを崩し、少年は彼女を離した。
「 わる~い ・・・ やっぱいきなりは無理かな~ 」
「 わたしこそ ごめんなさい ・・・ そうねえ パ・ド・ドゥ クラスでも
ミシェルと組んだこと、なかったものね。 」
「 う~~ん そうだな? ウン・・・・ 」
「 続き やる? 」
「 いい? 俺 ・・・ もうちょっと踊ってみたい。 」
「 『 ジゼル 』 って クラスの課題ではあんまりやらなかったわよね。
新鮮でいいかもね。 」
「 うん ・・・ それもあるけど ・・・ 俺 踊りたいんだ ・・・ファンと・・・ 」
「 ありがとう♪ 」
に ・・・っと笑いあうと 二人は再び ― 小暗い湖の畔に、深夜の墓地へ ともどってゆく。
卒業コンサート。
それは単なる卒業のお披露目ではない。
スクールを終える踊り手の卵たちの、いわば就活の場なのだ。
コンサートで 何を踊るか そしてもちろんその成果によって彼らの就職先 ―
つまり職業舞踊手として採用される先が 決まる。
個別に希望するバレエ団のオーデイションを受ける、という方法もあるが、
正規の学校の卒業者にはコンサートの結果が重要なのだ。
「 ・・・・・ 」
少年が一人、 スタジオの建物の出口でぼ~~っと空を見上げている。
ジーンズにトレーナー、どこにでもいる若者だが・・・ 足元に大きなバッグを置いて人待ち顔だ。
「 ・・・ ~♪ ♪♪ ・・・・ と ・・・ 」
ハナウタに混じって時折 低い口笛が聞こえる。
- やがて パタパタと軽い足音が聞こえてきて、ドアが開きひょっこり少女が出てきた。
「 お待たせ~~~ ! 」
「 ・・ ファン~ 5分って~~ こんなに長いかぁ~~? 」
「 ごめんなさい ・・・ これでも急いだんだけど ・・・ 」
「 あは まあ いいさ。 ・・・ なあ ちょっと公園の方から帰らないか? 」
「 え ・・・ いいけど ・・・ ミシェル、遠回りでしょう? 」
「 うん 少し喋りたいな~ なんて思ってさ。
ごめん、 ホントはカフェとか ・・・ 誘いたいんだけど・・・・ 」
「 誘ってくれて メルシ♪ お金、勿体無いでしょ。 散歩でいいわ。 」
「 ・・・ ありがと ファン。 」
「 あら わたしも金欠ってのは本当よ? 」
「 知ってるさ~ 」
「 ふふふ ・・・ そうよね~~ わたし達、皆 お財布、軽いのよ。 」
「 うん。 ・・・ よかったら・・・ちょっと話たくて さ ・・・ 」
「 行きましょ。 ああ ・・・ いい風ねえ~~ 」
二人は連れ立って 稽古場の門を出た。
大通りに出れば カフェはどこもいっぱいで、多くのヒトが初夏の光を楽しんでいる。
「 うわ~・・・もうこんなに陽射しが強くなってきたのね~ 」
「 うん? 6月だもんな~ 」
街路樹の間からもれてくる光が 足元に濃い影を落としている。
「 ヤだな・・・ 日焼けしちゃうかな~ 」
「 ごめん ・・・ やっぱカフェとか入ろうか? 」
「 ううん いいわ。 公園ならもっと木が多いから ・・・ 日除けになるわ。 」
「 そうだな~ じゃ いこ! 」
「 うん! 」
「 あ ・・・ そっちの荷物、 もつよ。 ほら! 」
「 わ~い メルシ♪ 」
二人はちょん・・・と手を繋いで 元気よく駆け出した。
「 ふぁ~~~ ・・・ 気持ちいい~~ 」
「 そうね いい風 ・・・ あ あそこ! ベンチが空いてるわ。 」
「 うん。 ・・・ あ ちょっと先に座ってくれる? すぐに戻るから 」
「 いいわ。 荷物 ありがとう。 ほらミシェルのも かして? 」
「 あ 悪いね~ 」
荷物を少女に渡すと 少年はぱっと茂みの方に駆け出した。
少女は 木陰のベンチに座りほっと一息ついている。
「 ・・・ あ~~~ ・・・ 気持ちいい ・・・ 」
「 おまたせ! ほら。 」
少年は 背の高い紙コップを差し出した。
「 ? わあ~~ もう ソルベ、売っていたの? 」
「 うん さっきチラっと見えたから さ。 あ ラズベリーでよかった? 」
「 ええ♪ あ ・・・ はい、わたしの分。 」
「 え ・・・ いいよ~ 」
「 だめよ。 お財布が軽いのはお互い様、でしょ。 」
「 ん ・・・ メルシ。 」
少年は差し出された硬貨を素直に受け取った。
― サワサワサワ ・・・・
緑濃い木々が揺れ 風まで緑色に染まりそうだ。
二人はしばらくラズベリーのソルベに熱中していたが やがてぽつり、と少年が口を開いた。
「 頑張ってるな ファン ・・・ 」
「 え? あら ・・・ 皆同じでしょ。
あ ・・・ 今日はサポートの相手してくれてありがとう。
ごめんなさいね・・・ ミシェルだって 『 ライモンダ 』 自習するつもりだったのでしょう? 」
「 いや ・・・ すごく勉強になったもんな~
俺こそ ありがとう。 一度 君と パ・ド・ドゥ 踊りたかったな~
ジャックが羨ましいや 」
「 あら ~~ 下手くそでがっかりするんじゃない? 」
少女はにこにこしている。
「 下手くそ に 『 ジゼル 』 が回ってくるかなあ・・・ 」
「 うふふ ・・・ いい役を貰っても ちゃんと踊れなかったら意味ないし。 」
「 まあ な ・・・ ふぁ~~ ・・・ いい風だなあ・・・ 」
「 ホント ・・・ 」
「 ― なあ ファン。 君 ・・・ その ・・・ 卒業後って約束とかした人 いるの? 」
「 え? 」
ソルベの容器を持ったまま 碧い瞳が無邪気に少年に向けられた。
「 だから その。 卒業したら ・・・ 」
「 ああ。 そりゃ オペラ座に入れれば最高だわ。 ミシェルだってそうでしょ? 」
「 あ ・・・ああ うん。 それで その・・・ 約束した人 は 」
少年はなぜか俯いてしまい 足元ばかり見つめている。
「 約束 ? ・・・ あ そうね、いるわ。 」
「 ― え。 」
「 絶対にね、オペラ座に入るから・・・って お兄ちゃんと約束したの。
わたし、頑張るから・・・って。 兄も応援してくれているわ。 」
「 ・・・ え お兄さ ・・・ん ?? 」
「 そうなの。 ウチはねえ、両親ともに亡くなってしまって・・・
わたし、バレエ学校やめる・・・って言ったのよ。
そうしたら 兄が ― 応援してやるから頑張れ! ってね。 」
「 ・・・ ・・・・ 」
「 兄は空軍にいるの。 休暇の時にしか会えなくて淋しいけど・・・
でも兄も頑張っているんですものね。 わたしも ・・・ やるわ! 兄との約束なのよ。」
「 あ ・・・ ああ そう なんだ? 」
「 ええ♪ それにね~~ 卒業コンサートは見にきてくれる約束なの。
ちょうど休暇がとれそうだから・・・って。 」
「 ・・・あ そりゃ ・・・ よかったね。 」
「 うん♪ だからね~~ 『 ジゼル 』 頑張るわ~~
ね、ミシェルも頑張って。 オペラ座 ― 負けないわよ~~ 」
「 あは ・・・ そっか そうだね・・・ 」
「 そうよ! あ~~ ソルベ~~ とけちゃう ・・・こぼれるわよ~~ 」
「 あ! いけね・・・ 」
少年は慌てて ・・・ 何時の間にやら握り締めていたコップを置いた。
目の前に揺れる亜麻色の髪が 眩しい。
・・・ ふう ・・・ 彼はこっそり、こっそり熱い吐息を漏らす。
サワサワサワサワ ----
六月の風が そんな少年の想いを浚って吹きぬけていった。
「 ― 次。 ニケとアルベールの組、出て。 『 くるみ~ 』 より 三幕のGP。 」
「「 はい! 」」
教師の声に促がされ 次のカップルが中央に出た。
卒業コンサートの本番を前に、スタジオでドレス・リハーサルが始まった。
プログラム順に ペアが踊ってゆく。
「 ・・・ ふ ゥ ・・・・ 」
「 ハ ・・・ フ ・・・・ 」
スタジオの外では たった今、踊り終えた組が大息をついている。
「 ・・・ お疲れさま ありがとう ・・・ジャック ふう ・・・ 」
「 いや ・・・ こっちこそ ・・・ ファン ・・・ 」
フランソワーズは相手役の男子と 汗まみれの顔で笑い合った。
「 あの ・・・ 始めのリフト ・・・ あれで いい? 」
「 あ~ タイミング、ばっちりだし~ 本番もこの調子で ・・・ やろうな! 」
「 え ええ ・・・ なにか気がついたこと、あったら言って? 」
「 う~ん・・・? 別に ・・・ 君は上手だから安心してるよ。
ふふ 勿論僕のサポートも安心してくれていいからな~ じゃあな~ 」
「 あ ・・・ ジャック ・・・ お疲れ様 ・・・ 」
上機嫌で引き上げてゆくパートナーを フランソワーズは物足りない気持ちで見送った。
「 ・・・ もうちょっと なにか ・・・ 言ってほしいな・・・ 」
ぷるん、とタオルで顔を拭い、彼女も更衣室へ歩き出した。
廊下の途中で やはり衣裳をつけたダンサーが佇んでいた。
「 ・・・ファン ・・・ 」
「 あら、 ミシェル。 ね! ステキだったわ! あなた達の 『 ライモンダ 』 」
「 君達の 『 ジゼル 』 しっかり見たよ。 」
「 あ~~ ありがとう! ね ね どうだった?? どこかヘンなところ、あった?
ジャックは おっけ~って言ってくれたんだけど。
先生方からも 一応 ダメ は頂かないですんだのよ 」
「 ・・・ うん ・・・ 言ってもいいか。 」
「 え? どうぞ 勿論。 」
ミシェルは 真正面からフランソワーズを見た。 そして ゆっくりとしかし はっきり言った。
「 ― 君は上手に踊ったけど ジゼル を踊っているわけじゃない。 」
「 ・・・ え? どういうこと?? 」
「君の踊りは 上手だったよ。 パートナーとのタイミングもばっちり だった。
けど ・・・ ジゼルのこころ が 俺には見えなかった。 」
「 ・・・ こころ ? ジゼル の? 」
「 そうだよ。 ファン、 どう思っている? 」
「 どう・・・って・・・? 」
「 ジゼルはさ。 どんな気持ちであの パ・ド・ドゥを踊ったと思う?
彼女・・・死んじゃったんだぜ? アイツの、アルブレヒトに裏切られて さ? 」
「 え・・・ ウレシイのじゃない? 好きだったヒトと踊れて・・・ 」
「 ・・・ 嬉しい ・・・? 」
「 ええ。 だってず~~~っと好きだったんでしょ? その彼と踊れたらうれしいわよ。 」
なんでそんなコトを聞くのか、なにがなんだかさっぱり・・・という様子のフランソワーズを
ミシェルはしばらく黙って見つめていた。
そして ・・・
「 ・・・・ きっと君はオペラ座に採用されるよ。 テクニック、容姿ともに最高だもの。
そして これからも、どんな役だって踊りこなせるよ。 」
「 ミシェル ・・・ あなた、なにが言いたいの? 」
「 ・・・ けど。 俺が見たい、 俺が一緒に踊りたいのは そんなファンションじゃないんだ。 」
「 ミシェル ? 」
「 いつか ・・・ 君がジゼルのこころを踊るようになったら
一緒に踊ってください。 約束だよ。 それまで俺も 踊りを磨いておくから。」
「 ・・・・・ 」
もう一度、じっと彼女を見つめると ミシェルは静かに去っていった。
「 ・・・ な に ・・? なんなの ・・・・
ジゼルの心? ・・・ だってウレシイに決まってるじゃないねえ?
好きだったヒトと踊れるんだもの。 な~によ・・・ 」
少女は憮然として少年を見送った。
「 ヘンなミシェル ・・・ ふ~ん だ ・・・
ちょっとはいいカンジだな~ なんて思ってたのに。 パートナーとケンカでもしたのかしら。 」
もう知らない! と彼女は肩を竦めると 軽い足取りで更衣室に向かった。
「 ふんふんふん♪ 明日はお兄ちゃんが帰ってくるし~~
駅まで迎えに行って ・・・ その後、一緒にあの新しくできたブラセリーに行きたいな♪ 」
ハナウタは 更衣室のドアが閉った後も聞こえていた。
― 卒業コンサートは 来週 ・・・!
・・・ 彼女は 『 ジゼル 』 を踊ることは できなかった。
「 ・・・ねえ。 なにかわかったって? 」
「 ううん ・・・ 全然。 警察はお手上げ だって。 」
「 ウソ ・・・! そんな 」
「 軍もさあ・・・ ほら、彼女のお兄さん、空軍でしょ? 捜索を依頼したんだって。 」
「 それで?! 」
「 全然。 その時間に所属不明の飛行機がパリ上空から南へ飛び去った、ってしか
わからないんだって。」
「 南? なんで? 」
「 ・・・ さあ ・・・ 」
「 お兄さんは半狂乱だって。 ・・・ ミシェルも ・・・ 」
「 え。 あの二人、 付き合っていたの? 」
「 さあ・・・? とりあえず 彼女の卒業は保留 だってさ。 」
「 ふうん ・・・ 」
ヒソヒソ話が あちこちで聞かれ、捜索は続けられたが ― 彼女の足取りはぷつり、と途絶えたままだった。
なんの手掛りも得られぬまま、次第に捜索の規模は縮小されて行った。
そして < 行方不明者 > のリストに彼女の名が記され ・・・ 終った。
― トントン ・・・
控えめなノックが聞こえる。 男性はその音を聞き分け 低い声で応対した。
「 誰だ。 ・・・ ミシェルか。」
「 はい。 」
「 ・・・ 入れよ。 」
「 ありがとうございます。 ・・・ それで? 」
「 ダメだ。 もうこれ以上 ・・・ 捜索する手段がない。 」
「 でも! でも ・・・ なんだって彼女が ・・・ 」
「 わからん。 君や他の友達にも聞いたけど、それまで誰かに付き纏われている、なんて事
なかったそうだし ・・・ 同じ様な誘拐事件もパリ近辺では起きてないんだ。 」
「 だけど! 現にファンは! 彼女は消えちゃったじゃないですか! 」
「 ― 俺が最終目撃者なんだぞ? 」
「 あ ・・・ すみません ・・・ つい ・・・ 」
「 いや ・・・ いいさ。 俺は絶対に諦めない 絶対に 絶対に ・・・ 妹を探し出す! 」
「 ジャンさん・・・ 俺 ・・・ 約束したんです。 」
「 え? 」
「 約束したんです ファンと。 いつか ・・・ 『 ジゼル 』 一緒に踊ってくれって。
だから 俺も絶対に諦めません! 」
「 ― ありがとう。 俺もさ 妹と <約束> したんだよ。
卒業コンサートを見にゆく、って。 アイツも俺と <約束> したんだ。
オペラ座の団員になってみせる って。 だから ― 」
「 はい。 諦めません、諦めるなんて ・・・ できるわけがないです。 」
「 ・・・ ありがとう ミシェル。 」
オトコたちは焦燥した顔にそれでも淡い笑みを浮かべ がっちりと握手をした。
約束、したわ お兄ちゃん ・・・!
やくそくは まだよ。 まだ ・・・ 果たしていないわ
やくそくを果たすまで わたし わたし ・・・ 死なない!
「 約束は守らなければなりません。 それはヒトとしての大切な務めなのです。
神様との約束 も同じですよ。 」
・・・ また か ・・・ 茶髪の少年は御聖堂 ( おみどう ) の中で
こっそり溜息をもらす。
穏やかな声 優しいトーン ・・・ 大好きな人が話しかけてくれているというのに
彼の心はそっぽを向いていた。
約束 ・・・ か。
どうせ守れないのなら ― 初めから約束なんかしなければいいんだ
ふん ・・・ 無駄な期待をさせるって どんなに残酷か、皆 知らないから
不遜な思いを心に詰め込んでいるが 彼は決してそれを表面に現さなかった。
彼 ・・・ 島村ジョーは いつも平静な表情を変えない。
ジョーは 喜怒哀楽をあまり露わにしない青年になっていた。
物心ついた時には ― 周囲に大勢の< 仲間たち >がいる生活だった。
それが <当たり前> じゃない、ってことはすぐに思い知らされた。
自分たちが特別な環境にいる、<かわいそうな> 存在であることも 幼いながら
ジョーは身をもって認識させられてゆく。
ぼく ず~っとやくそく を守っていたのに ・・・ どうして?
ぼく ず~っといいこで いるのに ・・・ どうして?
ぼくの約束 ・・・ だれも見ててくれないのかな。
やくそく はまもらなくちゃいけない って神父様はいうよ。
けど。 ・・・ ぼく やくそく なんかキライだ・・・
・・・ぼく。 もう だれとも なんにも やくそく なんかしない!
幼い涙に混じっていたものは悲しみ だけじゃなかった。
そして ―
「 ジョーは 本当にいい子になりましたね。 」
「 ええ ・・・ 勉強も出来るし、小さい子達の面倒もよく見てくれるし・・・
小さい頃 さんざん手古摺らされたのがウソのよう・・・ 」
「 いつも冷静で落ち着いていますね。 オトナなんだな。 」
いつの頃からか ・・・ 彼の周りにはそんな大人達の声が聞かれるようになっていた。
実際、 いつも静かに微笑を湛えているけれど ・・・
・・・ 裏切られたくなかったら 期待なんかしないことさ。
果たされないのだったら 約束なんかしない方がいい。
約束を守っても ぼくにはなんにもイイコトは起きないじゃないか!
守ってもな~んの得もないなら ― 約束なんてムダさ。
望まなければ がっかりすることもないんだ。
いつだって 平和に生きてゆける さ ・・・
― 夢? そんなあやふやなものは 忘れた。
彼は傷つくことを避けるため 何事にも踏み込まない、他人と深く関わらない。
一見、年齢よりも大人びた青年は ― 実は臆病なコドモだったのだ。
「 ジョー、お前のことは安心していますよ。 」
最近、育ての親、ともいうべき神父様は老いた顔を綻ばせ彼を眺める。
「 ・・・・・・ ( ごめん 神父様。 ぼく、違うんだ ) 」
その度に彼はとても極まりが悪いのだが ・・・ 口に出すことはしなかった。
・・・ こんな風に ・・・ 一生 すぎてゆくのかなあ・・・
ふと そんなことを思うこともあったが ― 人と争ったり競ったりするのはイヤなのだ。
・・・とうより 負けたらイヤだから・・・というべきだろう。
彼は自分自身を護るために <精神のシェルター> に閉じ篭っていた。
当然 親しい友人は いない つくらない。
イケメン・・・と騒がれることもあったが 彼女も いない 面倒くさい。
それを淋しい、とも つまらない とも思っていない。
― 島村 ジョー とは そんなオトナになるはず、だった。
「 !? な な なんだってェ ~~~ ??? 」
「 信ジテクレタネ。 アリガトウ。 握手 シヨウヨ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジェット・コースターで 三回くらい宙返りしたより驚天動地な体験の果てに
かれは小さな手と握手をした。
そして とてもじゃないが信じられない、というか悪夢の続き、としか思えない展開の後。
島村ジョー は 009 として 存在することになった ・・・
生存するために 彼は文字通り死に物狂いの闘争をしなければならなかった。
皮肉にも 彼は本当の彼自身を失って初めて、全力でコトに当たるハメになった。
― そして。 今、 彼は < 普通の世界 > に戻りつつ ある。
「 ん ~~~~ いい気持ち! ねえ いいお天気ねえ。 」
「 え ・・・ あ う うん・・・ 」
「 うふふ~~ なんだか嬉しくなっちゃった♪ ね? 」
「 ・・・ あ ・・・ うん・・・ 」
「 ふんふんふ~ん♪ ねえねえ? 今度あっちの岬の方にまで行ってみない? 」
「 え ・・・ なぜ。 」
「 なぜ って。 ・・・だってなんだか面白そうじゃない? 」
「 ・・・・・ 」
この女性 ( ひと ) ・・・ 変わってるなあ・・・
「 ? なあに? 」
「 ・・・ あ いや べつに。 」
「 そう? ねえ やっぱり今 走ってみない? この渚をずう~~っと ! 」
「 へ? な なんで ・・・ 」
「 え~ だってキレイじゃない? 気持ちいいじゃない?
こんなステキな日、 お日様や海と一緒に遊びたいの。 ね! 行きましょ。 」
「 ・・・ あ~ ・・・ 」
「 あ! 加速装置 はナシよ? ね それじゃ~~ いっせ~~のォ~~ せ! 」
「 ?? う うわあ~~~ 」
並んで駆けるのかと思いきや、 彼のシャツの裾はがっちり彼女に握られていて・・・
ジョーは引き摺られるように ― 仕方なく走り始めた。
・・・ な なんなんだ~~~ このヒト ~~
<仲間> で。 共に死に物狂いで脱出してきた人 で。 今は一つ屋根の下に暮らすヒト。
その人は きらきらと輝くクリームみたいな髪と神秘な碧い瞳を持っていた。
「 わたしは003。 よろしく。 」
「 あ・・・ は はい ・・・ 」
赤い特殊な服をまとっている時には笑顔など微塵も見せなかった。
常に冷静沈着 ・・・ 確実にレーダーとしての役割をこなす戦士だった。
しかし 今、 < 普通の世界 > にもどった時、彼女は 普通の女の子 だった。
・・・ な なんで そんなに明るく笑うんだ?
屈託なく どうでもいいこと、喋って 笑って ・・・
― いったい何が楽しいのさ ・・・?!
ジョーは日々、彼女のくるくる変わる豊かな表情に半ば感心し半ば呆れていた。
同じ運命に翻弄されたヒトとは ― とても思えない。
ふうん ・・・ 変わったヒトだなあ ・・・
ともあれ 一つ屋根の下に暮らしてゆくことに、特に不都合はない。
ジョーは 老博士と 001 そして 彼女 ― 003 と、静かな日々を送りはじめた。
広いリビングで のんびりお茶を飲んだりするのも悪くない。
「 ねえ ・・・ 皆 頑張っているかしらね 」
「 ― 誰が? 」
「 いやだ、皆 よ。 ジェットやアルベルト ・・・ ジェロニモ Gr.やピュンマよ。 」
「 あ ああ ・・・ 皆 祖国に帰ったっけ。 やっぱり自分の国がいいのかな。
あ・・・ ごめん ・・・ 」
「 あら いいのよ、わたしには気を使わないで?
わたしは 自分でここに残るって決めたんだもの。 」
「 ・・・あ そ そうだったよね ・・・ ごめん ・・・ 」
「 ほら~~ また~~ < ごめん > は もうナシよ。 」
「 あ ・・・ ごめ ・・・ いや う うん ・・・ 」
「 あのね。 皆は そりゃ故郷がいいって気持ちもあるだろうけど。
やりたい事があるから でしょ。 」
「 やりたい事? 」
「 皆 いろいろ ・・・違うと思うけど。 でも目的に向かって GO! よ。
グレートや張大人だって そうでしょ? 」
「 あ~ お店 ・・・ 」
「 そ。 ね? わたしもね。 決めたの。 」
「 え? 」
「 わたし ね。 また 踊る。 踊りたいの。 やるわ、わたし・・・! 」
「 ・・・ へ へえ ・・・ す すごい ねえ ・・・ 」
「 わたし ・・・ 約束があるの ・・・だから もう一度踊りの世界にチャレンジするわ。 」
「 ふうん ・・・ 頑張れよな。 」
艶やかな髪を一層煌かせ、そしてその輝きよりも明るい瞳のフランソワーズ。
そんな彼女を ジョーはただ ただ呆然と見つめていた。
「 ね それで ジョーは? 」
「 ・・・ へ? 」
「 ジョーは どうするの? これから。 」
「 ・・・ え ~ ・・・ あ ・・・ 別になにも ・・・ 今のままでいいかな・・・って 」
大きな瞳が ますます大きく見開かれる。
「 今の まま ・・・ ? 」
「 あ ・・・ うん。 ぼくは他に行くところもないし。 ここで暮して行ければ
とりあえず ・・・ いっかな~ なんて ・・・ 」
「 ねえ 009. ・・・ いえ、ジョー。 」
碧い瞳が 真正面から見ている。
「 ― アナタ ・・・ 本当に <生きて> いるの? 」
Last
updated : 07,24,2012.
index / next
*********** 途中ですが
003、 フランソワーズ・アルヌール嬢は バレリーナ なのです!!!
ってことを主張したい話です~~ ジョーが 平ジョー というよりも
平成のワカモノっぽくなってる ・・・ かも★